~ウラサの日記~

帰りを生きよう!

2017.03.28.10:03


ウラサは、帰りを生きています
楽しみながら…
一つまた一つと思考が消えていくことを楽しみながら…
それは、本質である意識がクリアになる喜びです。
思いと言う重荷がどんどん消えていきます。
釈迦や和尚の目には、どんなふうに
映るのだろうと思った人はいますか?
いないかな?"(-""-)"

大学時代、1Kの新築アパートに住んでいたわけですが、
不自由を感じたことはありませんでした。
友人も良く泊まりに来ていましたが、
こたつの足を三本にして
その対角線に足を突っ込んで、寝ていました。
三本足のこたつが倒れないように
分厚い理化学辞典を重しに使いました。
当時そのアイデアに、友人は感動してくれたものです。
私にとって、理化学辞典は
重たいものでしかなかったのですが、
重しとして、たいへん役に立ちました。
アパート代から学費まで全部で年間100万円…
それでやりくりするように、
母は一括前払いしてくれていました。
郵便貯金の口座から残高が減っていくわけです。
働いていない今もそんな感じです。
まあ当時の国公立は、年間144000円でした。
それでも一気の値上がりで、一つ上は96000円でしたよ。
だけどインフレの時代で、ダイソーなんてものはないし、
バーゲンの服でも2980円でした。
鶴屋デパートが物の高いのに驚いていました。
まだまだ輸入品のGパンは、6000円以上していましたし…
行きつけの喫茶店で500円のセット物を食べていたし、
月平均80000円は、当時多い仕送りの部類でした。
当時の大卒公務員の手取りがそのくらいだったので…

そんな生活が楽しくて楽しくて、
親からお金は出してもらうけど、干渉はされなくて…

今現在は、あの頃の生活スタイルに近いです。
まかないをしているので、シンプルな食事だけど、
調理器具が当時に比べて充実し過ぎています。
これも徐々に減っていくでしょう。

終活も最近ネットではさかんに取り上げられています。
もちろんウラサも自分自身を看取るわけですが、
そこは瞑想者、意識に目撃してもらいます。
どんなに死後事務委任契約をしたりしても、
意識には勝てません。
タイミングは直観的なものだからです。
悟り人が自分の死を感じ取り、ユーモアにまみれて
肉体を去るエピソードは至る所で残っています。
質的にシンプルになっていれば、
もう一年弱であることを直観すると、
さささっと残りの始末も自分でできるものです。
それこそ遊び心で…

最近は一口30万円の少額保険に入れば、
もれなく死後事務委任契約がついてくるよ
うなものまで誕生しています。
連絡が入れば火葬して、死亡届とか家の始末とか、
契約ごとを履行してくれるわけです。
だから、昔のように、
そういう契約がお金のある人のもの
ではなくなってきています。
おひとりさまでなくても、
子供が遠方で生活基盤が出来ている人とか…
何から何まで、商売にしてしまう社会ですね。!(^^)!
肉体の終焉は誰でも訪れますし、
死んでまで金が動くのかと呆れますが、
大自然は無料で肉体を脱がせてくれます。
マインドゲームの部分がお金を要求しますが、
それが本質ではありません。
まず意識を繋ぐことです。
それさえ当たり前になれば、
その意識と言う全体性が面倒を見てくれますから…
死後事務の委任も最低額で済むと思います。
帰りを生きよう!


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3月のシシリアンルージュ

2017.03.22.09:25

窓辺で育てているF2(2代目)ですが花が咲いています。
あれから、2月の下旬に雪が1センチぐらい積もった日がありました。
午後からは晴天でしたが、その日以来、葉が枯れて養分も吸い上げが悪くなりました。
様子を見ていましたが、花も咲いて脇芽も出ています。
凄いぞ!
これは、11月の上旬に挿し木にした1代目です。
越冬中は、生長しませんでしたが、もうすぐ蕾が開花しそうです。
2本用意したのですが雪のせいで1本は枯れてしまいました。
4月になったら路地植えしてみます。
12月から1月は、生長しないので、挿し木にするならやっぱり11月の上旬だと思います。
その一1か月で根を伸ばして越冬に備えるからです。
旬の収穫だけを考えるなら、新しく苗を植え替えるのが一番だと言う
ブロガーが多いですが、プロセスを楽しんでいるので、収穫のことは、二番です。
一粒の種から奇跡を見せてもらっています。
2月に種を撒いた2代目も発芽し、ゆっくり成長しています。
前回アップしたときの青トマト、まだあんなに小さいです。
生長が始まってもまだ寒いので、ゆっくりゆっくり…
今年は雪がほとんどなかったので、越冬できたのかもしれません。
でもシシリアンルージュは生命力ありますね。(^^♪


エバーノートで書いたものをそのまま転送しました。
一年前くらいから出来るようになっていたのですが、
今後は少しこのやり方でアップしてみます。
タブレットになって、ネット接続がよく切れるようになりました。
メモリ不足なのか、セキュリティー上の問題なのかわかりませんが
ローカルで書いた記事を転送するだけなら、
その問題も気にならないので…

意識の中で起こっていること

2017.03.16.20:10

さあ一人で静かになる時間を作って座ってみましょう。
今ここで自分自身に何が起こっているのか
しっかり目撃してください。
何が起こっているのか?
そのほとんどが思考の流れであることがわかります。
それはループしていてエンドレス状態です。
それが「私」の正体です。
同化が強ければ思考の内容
つまりストーリーに囚われて動きます。
少し距離ができれば、単に思考が回っている
と言う見方ができるようになります。
内容に関心がなくなり、
止まらない思考を冷静に
眺めることができるようになります。
そうなれば自分にとっての問題は、
思考がエンドレス状態にあることだと理解します。
かごめ歌で言うところの、かごの中の鳥状態です。
その牢獄から抜け出そうではありませんか。

意識の中をどんなに探しても
肉体の私は存在しません。
肉体の私は存在しないのだから
死にようがないではありませんか?
意識の中で生まれて死ぬのは、この思考なのです。
でもそれを 冷静に見抜いた意識は、
思考が去った後も存在しています。
意識に分離というものはなく不二です。
葛藤のない青空のような境地です。
マインドゲームとは、
本来分離していないものを
分離しているように見せかけ、
葛藤させてエネルギーを消耗させる遊びです。
生において一番してはならないことが
戦い(葛藤)であると言う事です。
分離とは 思い込みですから‥
不二と言う質は不死身です。

思考することが苦しみを作ると 見抜いたならば、
善悪の相対を 抜けることができます。
目撃者として生きる悟りの始まりです。
そしてこの生き方に終わりはありません。

余暇の使い方

2017.03.11.09:39

最近、時期が来た人は、
全力で悟りの環境を整えることを提案していますが、
眠りと覚醒の間で止まっている人を目撃すると 
ウラサのマインドは、勿体ないと感じるからです。
過去記事で取り上げたかもしれませんが、
ダンデスダイジも言っていますので、
もう一度取り上げます。

ダンデスダイジの言葉

人類の全努力は、
純粋瞑想に打ち込むための余暇を作ることにある。
快楽は苦痛であり、安心は不安であり、
満足は不満足であり、悟りは迷いである。
これでよいのだ。それでよいのだ。
ただし、君は決して、これもそれも信じてはならない。
空に達するまでの修行速度が速い場合には、
魔境や諸神通を、ほとんど自覚せずに
通過してしまうことはあり得る。
個別性の世界から見れば、
すべては、二元対立であり、その対立に終りがあってはこまる。
統合性の眼から見れば、あらゆる相対は、相互扶助になる。
水晶のように透明に、あるがままの素直さで、
何かに直面することによっても、神は開示される。
直面するものは何でもいいのだ。
愛着は憎悪を内に含んでいる。
愛情は悲しみを内に含んでいる。
そして、全面的悲しみは、
愛へ変容する可能性を持っている。


信じると知識で終わります。
自分の中で目撃しなければ、闇は終わりません。
悟り人の提案は、自分で体験する必要があります。

鶴亀反対になると、神通力を使う人、
サイキックな人は、悟りの速度が遅いからであるわかります。
ヨガの人々によく起こってしまうパターンです。
禅はいきなり「空」に飛び込みますから…
私は、大学生の頃、ここを通過しました。
私はそんな能力より、
宇宙の法則に身を任せて生きてみたかったからです。
そういう在り方を取ると、
そこはあっという間に通過してしまいました。
罰が当たるとか,祟りとか、守護霊とか、
引き寄せの法則とか、物質化とか、
そういう想念が引き起こす世界観は、
とても幼稚に感じるようになったのもそのころからです。
和尚も言っています。
私のメソッドは、ジェットメソッドであると…
サイキックを感じないまま、
ジェットで通過するようなものと言うことなのです。
マインドは、こういう余計な力が出現すれば
勘違いをしてしまいます。
「空」こそ何一つそこに映し出されていない、
本来の状態ですから、それ以外に執着すると見えなくなります。
それを、自分を見失うと言うのです。
自分を見失うことは、常に内側で起こっています。
光は内側で失われています。

象徴的なことですが、
肉眼で自分の背中は見えないようになっています。
背中から遠く離れて、欲望を達成するため旅をしても、
最後は今ここの背中に戻っていく必要があるのです。
灯台下暗し、アルケミストの世界です。
探し物は、すでに今ここにあったと気がつかねばなりません。
どこにも行く必要がなかったし、
どこに行ってもそれは在ったのだと…
背中に意識を持って行って見てください。
心地よいものです。
エクスタシーさえ感じます。
何か他に必要でしょうか?
自分が安らかであれば、
自然と欲望は消えていきます。
そうなれば、生命の巡りにお任せする
生き方が起こってきます。
完全なるタイミングで
起こることが起こっています。
エゴで無駄な苦しみに
生命エネルギーを使わないでください。

チャンスを生かす

2017.03.06.10:31

もし生命エネルギーが善悪で動いていたなら、
エゴが定義する悪を実行しようとすると
心臓停止ってなことになるでしょう。
だけど実際はどうでしょうか?
殺人を計画したところで、
実行犯の心臓が停止するわけではありません。
それが生命エネルギーの流れです。
善悪で動いているわけでもないエネルギーに
善悪や損得の観念を与えても無駄です。
生命エネルギーは、意味を持って動いていません。
ただ、流れているのです。
その動きに意味を与えるのは自由ですが、
もともと無意味なものなので、
観念を持てば、苦しむことになります。
無意味と言う言葉を誤解しないでください。
無条件こそ、本質的な愛の動きです。
鶴亀があべこべの間、
人はエゴを愛と呼び、愛を無情と感じます。
それは、自分が姿、形ではなく、
意識であることの自覚がないからです。
それを、悟り人は眠っていると表現するのですが、
認識する質である意識に「死」は存在しません。
鶴亀ひっくりかえるチャンスが、
今生、やっと訪れた人は、
全力で覚醒にエネルギーを注ぎ込んでください。
今と言う時期は、釈迦の予言通り、
マイトレーヤ、つまり友達と覚醒の輪が広がるように感じます。
安らぎのシンクロです。
結局のところ、人は認識力の違いによって
生き方が変わってきます。
肉眼以外での見え方に大きな違いが生じるからです。
見えない人は、観念がぶつかる事故だらけです。
完全に目撃していると、観念を持ちませんから、事故もありません。
本当に凪状態で平和です。




幸せから喜び、そして至福へ

2017.02.25.09:17

紅さんが自発的に薬をやめて、もうすぐ一年だそうですが、
にしきさんも仕事をやめて丸一年です。

肉体は本能によって大自然が面倒をみてくれています。
たった今から、呼吸はエゴに任せますと言われるなら、
多くの人が10分もたないでしょう。
消化にしても知らない間に栄養に変えてくれています。
意識の成長において、
動物から人間に生まれたということは、奇跡です。
人間にはマインドが備わりました。
小さな小さな意識です。
ピンホールのような小さなものですが、
そこからマインドの次元を脱してハートに入って行けます。
その次元は心身を超越しているので、
マインドでは、理解不能です。
ハートは直観ですから、思考は通用しないのです。
今ここを生きる、肉体の本能とハートの直観…
この間がマインドで、意味のない戦いを続けています。
マインドは、理性としてパソコンのように使わなくてはなりません。
持ち物のように…
だけどそこがご主人様なのです。
それは、ハートの次元、
感覚を生きてこなかったからです。
ストーリーを生きて、親になり子を作り、家を建て、
老後の資金をたっぷり蓄えたとしても、
マインドから引っ張られた生き方に成長はありません。
そこから自分自身を生きる次元に入らなければ、
今生も成長のないままで肉体を変えます。
誰でも時期が来るので、
時期が来た人は今生、目を開いて生きてください。
エネルギー体として生きるとは、
自分のエネルギーに従うということです。
母親だからとか子供が言うからとか会社から言われてとか、
社会が宣伝するからとか
そんなことは、自分自身の意識の成長に
何の役にも立っていません。
この夢のような生き方を多くの人は
「生きる」と思い込んでいます。
生きるとは、霊的な成長です。
エネルギー体としての成長です。
それは、本能だけの動物から
完全に意識体として花開く至福です。
それができるのは、
両方の間に橋を持つ、人間だけです。

マインドが梯子のようなものなので、
悟りは梯子を上ったところから始まると言ってきました。
良く観て気がついて、
超荒いざるのような眠り人の価値観が
馬鹿馬鹿しく感じられるようになると、
思考は次第に少なくなります。
まず動物は、本能的な喜びなので
セックスと食べることが最高の喜びです。
なので、「エロか食い気か」と言われるように、
年を取ってピンホールのような意識さえ無くなると、
体裁と見栄で隠せなくなります。
まあ、両方って人も、いますけどね。"(-""-)"

私は、学生時代、
このへんのことでよく男子と言い合いをしました。
セックスが二番を「そうだそうだ」と
言う男子はまずいませんでした。
「お前はきれいごとを言っていて、
あれがなかったら生きている気がしない」
と言う男子がほとんどでしたかね。
私はそれが単に幼稚に感じていましたが、
それは、私のハートから来る直観的なものでした。
成長のプロセスが違うので、
まだまだ、動物的な人は多いものです。
今なら成長が同じでないと理解しているので、
言い争いなど起こりませんが、あの頃は
同じ人間なのにと言う思いだけで成長を加味できなかったので、
その無意識ゆえに苦しかったです。

直観はマインドではないので、
言語を使ったストーリーでやって来ません。
ひとつのまるっとした感覚です。
二つに割れていないので、葛藤はなく、いつも単純です。
私はマイブームとか遊びごごろで言っていますが。
全体から回ってくるエネルギーとでも言いましょうか?

全体を生きるようになると、
エゴでの動きは最低限になります。
その感覚は、紅さんで言えば、ブッククラブ回へ
「今日は行ける感覚がある」と感じたパターンです。
全体からエネルギーが回ってきた時だけ
そのように動くなら、本当に楽です。
なけ無しのお金をかき集めるように、
回ってこないのにエネルギーを使う…
それは、ほんとうに重たいですし、心地悪いものです。
全体から回ってきた時だけ
心地よく動けばいいじゃないですか?
全体(生命)は夢見とは、関係ありません。
だから、役に同化している人の都合で回って来ないのです。
そういうことなので、
人が自分に従って楽に生きようとするなら、
独身を選ぶようになります。
そして動物的な快楽よりも、
自由を愛するようなれば、
意識の成長は、起こっています。

私の場合、気持ち悪い感覚には従いません。
それは、損得の次元(マインド)では、
「お前あほか」と言われるようなことが多いです。
まず静かになって、ハートの感覚で生きてみてください。
その前に、カタルシス瞑想が必要な人は、
抑圧されたエネルギーの解放をして下さい。
ダンス瞑想は、カタルシスです。
だけど、いつまでもそこで停滞すると、
エネルギーの質の変容と言う、瞑想性に入っていけません。
解放したなら、質の高いものへの変容に入りましょう。
今まで、自分の質的なものがどのくらい成長しましたか?
死を受け入れた人は、幸せと化すでしょう。
そこはまだまだ相対領域ですが、
ハートに入る前のステップです。
ハートではウラサが待っています。
ウラサは歓喜と言う、サンスクリット語です。
そしてそして、このすべての段階を受け入れたなら、
そこに完全意識の至福が存在します。
幸せが、瞑想性に導いてくれます。
どうか幸せで在ってください。

覚醒エネルギー

2017.02.20.10:03

今日の紅さんの記事で、
「どうして薬を飲んでいないのがばれたのか?」
いきさつがわかりました。
以前、病院に送り込まれて入院したときも、
薬を飲んでいなくて、物を捨てていたそうで、
今回も、紅さんが物を整理する様子から、
薬を飲んでいないと疑われたらしいです。

さて親戚の看護師の方の見解だったですかね?
洞察しましょう。
生命現象は日々変化するもので、
観念のように固定していません。
だから、以前そうであったから今もそうだと思い込むと、
それは固定観念の投影になります。
そうすると、今起こっていることは、
違うかもしれないのにそれを目撃できません。

私は紅さんと言葉のやり取り、
ブログを通して感じ取るしかありませんが、
紅さんの洞察力がアップしていることは、よく感じます。
そしてそれこそが、応援団長ウラサの喜びでもあります。
もし、この人は、おだてられると意識を失なって、
起こることを見なくなると洞察できれば、
洞察できた者は無意識の者の影響をかわすことが出来ます。
思考エネルギーは、覚醒エネルギーを迂回します。

今回は、以前と違って、
ダンス瞑想と言うメソッドを実行している紅さん…
薬を飲まなくなって、かなり長いですよね。
このまま通過して欲しいものです。
そうすることで、意識があれば、
自己責任が自分を自由にしてくれることを学べるはずです。
それは、セットなので…

よく見ているから親の監視を盗んで、自分に従い、
薬を飲まない方向に環境を持って行っています。
あまり整理をすると、また薬を飲んでいないと
機械的に判断してくる親戚の方の思考を見抜いているので
それなりの対策や演技もできます。
今は、紅さんの目撃力、つまり意識の方が一枚上手です。

「よく考えなさい」と無意識に言葉を使いますが、
本当に純粋に考えているとき、人は目撃しているのです。
「あっ!気がついた」が本当のところです。
職人さんが技を見てぬすむ時代から、
機械的にマニュアル化された時代になりました。
運転もCPU搭載の車で、
自動運転でき、意識は必要ありません。
和尚が車の運転なんて、意識はほとんど必要ないと言っていましたが、
機械でもできるということです。

マインド現象、思考を信じてはいけません。
映像を言語化する、感覚を言語化するなど、
それを感じただけで、いかに当てにならないメカニズムか理解できます。
今ここで新たに流れていることを、記憶で片づけないでください。
マインドには新鮮なものは何もありません。
過去の残骸を上書きしたものですから…
でも生命エネルギーは、呼吸がそれを象徴するように、
常に生と死を繰り返しフレッシュです。
新鮮さをマインドが求めて、欲望に動かされます。
だけど、それは瞬殺されます。
そのプロセスにもししがみつけば、
大きな依存が外側に生まれ、安らぐことはないでしょう。
それが、人の不幸の達成です。
今ここを生きるのなら、まず肉体に従いましょう。
肉体は今ここしか生きられないからです。
マインドは決して今ここにいません。
このギャップこそ苦しみです。

肉体が動きたくないのに、
マインドがぐるぐる動いていれば、夜も寝苦しいでしょう。
不眠症がきっかけで、質がどんどん落ちて、
統合失失調症と名前ををつけられます。

三年寝太郎と言う伝説が地元にあるのですが、
何もしたくないとき何もしないで良い自由をとことん味わってください。
生を仕事にするのは、生きることが恐怖だからなのです。

生きている人ほど、恐れは消えゆくものです。
「どうってことないよ!」(#^.^#)

和尚の言葉です。

ひとつ、覚えておきなさい。
沈黙以外のすべてが、あなたの空想だ。
どれほど美しくても。私に言えるのは、
あなたの沈黙しか私の支持を得られないということだ。
なぜなら、あなたは自分の沈黙の中でのみ、
存在の中心そのものに近いからだ。


鶴亀反対になると沈黙と言う覚醒状態が自分になります。
後ろの正面では、ウラサも紅さんもひとつです。



動画共有  紅さんへ

2017.02.17.10:54

紅さんの古いMacでYouTubeが見ることが出来ないそうですね。
和尚の映画はダウンロードしていましたので
良かったら見てください。
画質は360p、サイズ330MBと軽くしてあります。


インド映画
縦三つの…をクリックするとダウンロードが出ます。
mp4なので、iTunesでもスマホでも
見ることが出来ると思います。

私はアップル製品を使ったことがないのでよくわかりませんが、
私のWin10でもsafariでYouTubeは見ることは出来ません。
サポートしていないようです。
MacのOSが古くても、以外とサポートされている
他のブラウザがあるかもしれませんよ。
こういう時、Firefoxでしのいだという記事もありましたし…
私はラベル屋さんweb版を使うために
safariを入れています。
chromeもedgeも対応していないので(*^^)v

インド映画

2017.02.15.09:18



何年か前にインドで製作された映画が
日本語の字幕入りでアップされていました。
今年の一月なのでまだ見ている人は少ないようです。
モデルは和尚です。
成人してすぐに全覚醒するまでを
和尚の講話録に比べスマートにさらっと作ってあります。
兄弟の話は出てきませんし、
サラスワティーの石像におしっこをかけても
罰はあたらなかったとか、
妹が死にそうになった時、
医者かサラスワティーかどっちか一つに頼れと、
父親に迫ったり、
葬儀で亡くなった人のエネルギーを感じて大笑いしたり、
そういった強烈な話を聞いていましたから
なんとまあ、静かな少年にまとめられているなあと感じました。
でも後半、覚醒者に三人出会うのですが、
さすが覚醒エネルギーは、インドに降りてくると言うだけあって
悟りにおける懐の太さを感じました。
もう、和尚の時代、
覚醒エネルギーが降りてくるための子宮が足りなくて、
西洋にも降りてきていると聞かされました。
質の高い子宮が不足していると言うことなのでしょう。

映画で彼女が死んでしまいます。
バランスを習うためにまた戻ってくると言い残して…
何年かたって、和尚の弟子として彼女はやって来ます。
彼女は覚えていませんが、和尚はすぐにわかったそうです。
そして、和尚の世話係をしていたようです。
インドの瞑想センターには、
レンガに彼女の名前が刻まれたところがあったと記憶しています。
やはり、話題にのぼるエピソードでした。
笛を捨てた話も少しいきさつが違うと思いますが、本当です。
最後は何も持っていけないことへの
象徴として取り上げてあります。

大学に入学してお化け屋敷を借り受けます。
この話は、整体の野口さんとよく似ています。
野口さんも、噂のために安く購入し、
自分で好きなように改造したそうです。
鶴亀ひっくり返ると価値観は反対ですからね!(^^)!
自分の意識が思考より優先します。
お化けもよく見れば、「なんじゃこれ」です。

ストーリーはともかく、ロケーションが美しいです。
インドも町並みはごみで汚いですが、自然は美しいです。

字幕を100分近く読むのは、
今の私にはちょっとしんどい作業でした。
二度目は、字幕を追わず映像の美しさを楽しみました。

2月のシシリアンルージュ

2017.02.09.09:33

20170209082854840.jpg
2月のシシリアンルージュです。
玄関室なので気温は0℃になった日もあると思いますが
生きています。
これは、8月に種を採取して蒔いた二代目です。
今年は、まだ雪が積もるような日がありません。
ぱらついたくらいです。
そのおかげかもしれませんが、
びっくりしたことがあります。
写真の下、小さな青トマト、先にドライフラワーか
ミイラかと言う感じの花がまだついています。
12月からトマト全体の生長は止まっていました。
だからまさか青トマトとして生長が始まると思いません
し、2か月近くそのままだったけど、そのうち夏場のよ
うに、着果しないで落ちるとばかり思っていました。
夏場と違い、冬眠ってところでしょうか?
後は、色がつくだけ大きくなった青トマトも2か月間、
そのままでした。
2月になって、朝は放射冷却で一番冷える季節ですが、
太陽の日差しは、春を感じます。
トマトもそれを感じ取り、寒いけどもう生長を開始して
も大丈夫だからと…
こんなこと感じると泣けてきました。
窓辺なので、日差しも弱いし寒いのに、
シシリアンルージュは弱くないです。
負担がかからないようにと、
枯れた花を摘まなくて良かったです。
マインドは余計なことが好きですからね(*_*;

マインドに頼るな!
生命とともに在れ!
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