~ウラサの日記~ 意識を生きている自覚

意識を生きている自覚

2017.01.10.11:10

和尚の言葉からです。

思考を見守ること。
もしそれを見守れば
あなたは完全に静寂になるだろう。
思考は続くかもしれない、
浜に打ち寄せ岩に砕けるが、
あなたは穏やかで静かなままだ。
波はあなたに影響すまい。
だから本当の問題は思考ではなく
影響されるということにある。


意識がどう言うものなのか理解している人は
少ないと思います。
瞑想者だけがそれを理解しています。
自己想起の自己への認識が
「意識であった」と見て取ることは、一瞥です。
そのときから自分は意識として、
意識を生きるようになるからです。
現象に同化したままであった自分が
意識を生きていると実感することは、
鶴と亀がひっくり返ったことを意味します。

今までだって全ては意識の中で起こっていたこと
なのですが、それを理解しているかしていないか、
その違いだけです。
意識は名詞なので、また言葉にだまされますが
目撃している状態の連続性です。
ウラサが生きた静寂と表現するものです。
つまり、状態は名詞ではなく動詞です。
マインドも、マインドすると表現するのが
本当に起こっていることになります。
だから名詞は、架空のものです。
それを生み出すのが、機能不全の脳です。
目を開けたまま、名詞が飛び交う観念の世界を
私たちは生きています。
生まれたときに名前を与えられ、そこに記憶が
インプットされて、その価値観がプログラムです。
まるでデーターがたまったバイオUSBのようなものです。
それは、条件を生きるようにプログラムされています。

書き込みされていない状態こそ本質です。
無条件とは、それ自体で自由で平安な状態に
在ると言うことです。
自分が起きているとき、人の無意識が
良く見えます。
意識が飛ぶと思考に同化して影響されるからです。
静かにしていられません。
耐えられないことがそれでわかるというものです。
耐えられないから、怒るし、被害妄想になるし…
被害妄想は、目撃に耐えられない証のようなものです。
死は、ストーリー的解釈は、幻であったことを
容赦なく突きつけます。
地位も名誉も財産も、家族もなかった…
そもそもひとつの生命現象が起こっていただけだった…

夢を現実のように生きてきた人は、
死は恐ろしいでしょう。
だから目撃できません。

今自分に起こっていることを目撃してください。
全ては意識の中で起こっています。
そちらがリアルタイムに起こっていること
であって、行動は、後からついてくる影の
ようなものです。
影は本質ではありません。
だから時間の影響を受けるのです。
今ここで自分が安らいでいるなら
それが悟りです。
それは、リアルタイムな生き方です。
起こることを受け入れるなら、
自由と安らぎがもれなくついてきます。

意識の功徳には、水に流す力があります。
見守ることで気にならなくなります。
目撃の状態とは、そういうものだからです。

今ここで起こっていること…
多くの人は意識の中の飛び交う思考に
動かされているはずです。
それがいけないのではなく、
それに無意識であることは、自分を見失うことです。
それが、大問題です。
たった一つの…


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