~ウラサの日記~ 幸せから喜び、そして至福へ

幸せから喜び、そして至福へ

2017.02.25.09:17

紅さんが自発的に薬をやめて、もうすぐ一年だそうですが、
にしきさんも仕事をやめて丸一年です。

肉体は本能によって大自然が面倒をみてくれています。
たった今から、呼吸はエゴに任せますと言われるなら、
多くの人が10分もたないでしょう。
消化にしても知らない間に栄養に変えてくれています。
意識の成長において、
動物から人間に生まれたということは、奇跡です。
人間にはマインドが備わりました。
小さな小さな意識です。
ピンホールのような小さなものですが、
そこからマインドの次元を脱してハートに入って行けます。
その次元は心身を超越しているので、
マインドでは、理解不能です。
ハートは直観ですから、思考は通用しないのです。
今ここを生きる、肉体の本能とハートの直観…
この間がマインドで、意味のない戦いを続けています。
マインドは、理性としてパソコンのように使わなくてはなりません。
持ち物のように…
だけどそこがご主人様なのです。
それは、ハートの次元、
感覚を生きてこなかったからです。
ストーリーを生きて、親になり子を作り、家を建て、
老後の資金をたっぷり蓄えたとしても、
マインドから引っ張られた生き方に成長はありません。
そこから自分自身を生きる次元に入らなければ、
今生も成長のないままで肉体を変えます。
誰でも時期が来るので、
時期が来た人は今生、目を開いて生きてください。
エネルギー体として生きるとは、
自分のエネルギーに従うということです。
母親だからとか子供が言うからとか会社から言われてとか、
社会が宣伝するからとか
そんなことは、自分自身の意識の成長に
何の役にも立っていません。
この夢のような生き方を多くの人は
「生きる」と思い込んでいます。
生きるとは、霊的な成長です。
エネルギー体としての成長です。
それは、本能だけの動物から
完全に意識体として花開く至福です。
それができるのは、
両方の間に橋を持つ、人間だけです。

マインドが梯子のようなものなので、
悟りは梯子を上ったところから始まると言ってきました。
良く観て気がついて、
超荒いざるのような眠り人の価値観が
馬鹿馬鹿しく感じられるようになると、
思考は次第に少なくなります。
まず動物は、本能的な喜びなので
セックスと食べることが最高の喜びです。
なので、「エロか食い気か」と言われるように、
年を取ってピンホールのような意識さえ無くなると、
体裁と見栄で隠せなくなります。
まあ、両方って人も、いますけどね。"(-""-)"

私は、学生時代、
このへんのことでよく男子と言い合いをしました。
セックスが二番を「そうだそうだ」と
言う男子はまずいませんでした。
「お前はきれいごとを言っていて、
あれがなかったら生きている気がしない」
と言う男子がほとんどでしたかね。
私はそれが単に幼稚に感じていましたが、
それは、私のハートから来る直観的なものでした。
成長のプロセスが違うので、
まだまだ、動物的な人は多いものです。
今なら成長が同じでないと理解しているので、
言い争いなど起こりませんが、あの頃は
同じ人間なのにと言う思いだけで成長を加味できなかったので、
その無意識ゆえに苦しかったです。

直観はマインドではないので、
言語を使ったストーリーでやって来ません。
ひとつのまるっとした感覚です。
二つに割れていないので、葛藤はなく、いつも単純です。
私はマイブームとか遊びごごろで言っていますが。
全体から回ってくるエネルギーとでも言いましょうか?

全体を生きるようになると、
エゴでの動きは最低限になります。
その感覚は、紅さんで言えば、ブッククラブ回へ
「今日は行ける感覚がある」と感じたパターンです。
全体からエネルギーが回ってきた時だけ
そのように動くなら、本当に楽です。
なけ無しのお金をかき集めるように、
回ってこないのにエネルギーを使う…
それは、ほんとうに重たいですし、心地悪いものです。
全体から回ってきた時だけ
心地よく動けばいいじゃないですか?
全体(生命)は夢見とは、関係ありません。
だから、役に同化している人の都合で回って来ないのです。
そういうことなので、
人が自分に従って楽に生きようとするなら、
独身を選ぶようになります。
そして動物的な快楽よりも、
自由を愛するようなれば、
意識の成長は、起こっています。

私の場合、気持ち悪い感覚には従いません。
それは、損得の次元(マインド)では、
「お前あほか」と言われるようなことが多いです。
まず静かになって、ハートの感覚で生きてみてください。
その前に、カタルシス瞑想が必要な人は、
抑圧されたエネルギーの解放をして下さい。
ダンス瞑想は、カタルシスです。
だけど、いつまでもそこで停滞すると、
エネルギーの質の変容と言う、瞑想性に入っていけません。
解放したなら、質の高いものへの変容に入りましょう。
今まで、自分の質的なものがどのくらい成長しましたか?
死を受け入れた人は、幸せと化すでしょう。
そこはまだまだ相対領域ですが、
ハートに入る前のステップです。
ハートではウラサが待っています。
ウラサは歓喜と言う、サンスクリット語です。
そしてそして、このすべての段階を受け入れたなら、
そこに完全意識の至福が存在します。
幸せが、瞑想性に導いてくれます。
どうか幸せで在ってください。
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