~ウラサの日記~ 自己想起と自己観察

自己想起と自己観察

2017.07.09.10:28

自己想起と自己観察…
和尚は、自己想起だけで辿り着くのは
とても難しいと言っています。
これは、自分より前を歩く師匠や友の存在が無いとね…

なぜなら、エゴを破壊してくれる人が存在しないと
すっかり、勘違いしてしまうからです。
ヨガで起こりやすいとも言ってきました。

それでも、まずは自己想起だと思います。
今の自分からスタートですから…
普通の眠り人は、思考に同化していますから
簡単に腹をたてます。
また、おだてられると、簡単に乗ります。

そのときワークで自己を想起しているなら
想起している自分の感覚に向かった意識(覚醒を)
切らさないようにします。

ウラサの場合、頭から遠い足の裏が
大地から押し返される感覚とか、とにかく足の裏の想起を
切らさないようにしました。
これは、呼吸でもいいですし、背中の感覚でも良いですが
ウラサは足の裏の感覚を使ったと言うだけです。

図面を描く仕事もしていましたし、
それが一番やりやすかったのですが
それでも図面を描きだせば、
もうすっかりマインドと化していましたよ。
あっ!忘れてた…
つまり、足への覚醒が切れて、
マインドにどっぷり同化していたという意味ですが
この繰り返しでした。、
癒着していると和尚が例えるような、
「強烈な癖」から自分を解放するのですから
このくらいのことでへこたれていては、話になりません。
それ以上、悟りへの渇望が必要です。
砂漠で水を欲するくらい…
それが、準備の出来た人です。
夢追い人は、うんざり…
起きていたい…

日本語は良くできていると言う話も
ブログでしてきました。
「あの人、すぐに切れる」と表現しますよね。
何から切れるのかと言うことへの体験が悟りの一瞥です。
自分自身への想起が切れてしまうと言う事なのです。
怒りはとても荒い波動ですから、
踏ん張りやすいでしょう。
ですが、「あなた凄い」とおだてられるなら、
足の裏の感覚への想起は、どこへやらとなり易いのです。

美祢のOさんは、今、
このあたりのお試しコースかと思います。
市会議員へのおだてに、
もう少しで乗りそうになったらしいですが
何とか踏ん張って…
ですが、ミニコンサートは、
エゴのきれいごとに乗ってしまったようです。

眠り人の生き方ならこの繰り返しなのですが
せっかく悟りに縁があったのだから
まずは、エゴの破壊を生きて欲しいと願います。
コンサートはそのあとでも出来ますし、
夢は一番大切なことではありませんから…

まずは、自己想起することで、
覚醒が切れると言う現象を理解できます。
私はそうでした。
そしてマインドに同化すると言うことが
どういうことかも理解できます。
これで、マインド以外に帰ってくる家が出来ますよね。(#^.^#)
家なき子の卒業です。
自分を見失ったら、我が家に戻って休む…
それが瞑想です。

あなたは、次第に動けるようになると
和尚は言いますが、動く禅の前に
静かに瞑想することがができなければね…

自分自身のひかりを見失うことから、
不安感が生まれます。
それは、いつも人の内側で起こるのです。
内側で見失ったひかりは、
内側で取り戻していくしかありません。

家が出来たら、そこから(その感覚から)
思考を眺めてください。
自己観察を開始します。
その家から、
簡単に引っ張り出されないようにして下さい。
思考に負けるな!

息が詰まるような感覚に襲われたら、
覚醒切れですから、我が家に戻って下さい。
マインド現象って、息が詰まるんですよね( 一一)

覚醒の連続性になれば、淡々と呼吸が流れます。
それは、執着するものが何もなくて流れている
ひとつの象徴です。


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