~ウラサの日記~ 汝自身を知る

汝自身を知る

2017.11.08.16:30

和尚の言葉です。

汝自身を知ること。
そしてあなたが知るその日、
あなたは自己は存在しないことを知る。
 自己は存在しないことを知るその日こそ、
あなたは知ったのだ。
内側にはまったき空がある。
完全な空、乱れることのない静けさ、
汚れなき静寂が。
誰も存在したことはなかった。
それは夢にすぎなかった。

これを知る道が生きることです。
生は、肉眼で見えない部分がほとんどです。
私の気持なんか誰にもわからない、
分かってくれないと言って被害者を演じる眠り人。
分かったつもりであなたのためなのよ
を演じる眠り人…
そもそもエネルギー現象はエゴに
関係なく生命全体のバランスとして動いています。
これには逆らえません。
生命は共有されています。
だから、エゴと言う部分ではなく生命の全体性
に従って生きない限り、いつまでたっても悶々とした生を過ごすことになります。
そしてそれが、戦争に繋がっていきます。
馬鹿みたいですね。
人類全体の深い眠り…
いつものように起こる縄張り争い…

そもそも生きる場は、外側から見えていない
自分自身の意識上なのです。
だから、自分自身を生きることが
生であると言えます。

洞察力が前面に出ると
そう言うものであるという
気づきが主になります。
そう言うものだから…
マインドはそう言うものだから…
それを試しだしたら…
それを求めだしたら…
それを考えだしたら…
葛藤で苦しむことになるから、
ほどほどに使いこなさないと…

マインドの取説です。(#^.^#)

鏡の人生で鏡に映し出されたものではなく
映し出していた質が自分自身であったと
気がつくには、鏡そのものに戻る時を
出来るだけ多く取る必要があります。
私と言う境界線は心理的なものなのですが
あまりにも思考に同化して、
自分自身を見失っているのです。

何かを観察したことがありますか?
人間以外の世界を観察する時と
全く同じに人類の行動や在り方を観察する時
その洞察力は、誰なのでしょうか?
グルジェフが、ベルゼバブの孫への話を
三回以上読むように言っているのは、
その観察する質に気づかせることにあります。
観察で気がついたことは、観察する質の
副産物です。
いつだって洞察力は今ここです。

鏡の力、生命力の御業です。
この強力な愛にさらされると、その現象は
消えゆくのです。
よって消えゆくものは、夢のような質…

生命現象は生まれて消えゆくプロセスです。
だけど、それを映し出す質は
永遠の今ここです。
生まれないものだけが消えることもありません。
それが生命の実相です。

死を受け入れてこそ、死合わせです。
これから逃げれば逃げるほど、
苦しむことになります。
逃亡者が疲れ果てるのと同じです。

記憶がなくても意識は存在できます。
でも、意識がなかったら記憶は存在できません。
これはパソコンでも同じです。
何も保存しないままメモリは存在できますが
メモリがなければ、データーを保存できません。
意識に依存したものは、
そういうものとして目撃して下さい。

言葉では言えませんが、瞑想をして
自分自身に戻る時間が長くなると
ある感覚が支配するようになります。
「別に欲しくない」と言うか
不足感の不在と言うか…


毎日、摩擦がない方向にだけ流れると
私がしていると言う感覚が消えて
起こっていると言う感覚が起こります。
私がしていると言う感覚が強いなら
やりたくもないことを仕方なく習慣で
こなしていると言うことです。
生きるって機械的に
こなすようなことではないのでね…

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